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直心堂

ゆっくりゆるりと修行中

愛する故郷


沖縄は自分の生まれた島である。生まれた時から基地はあり、当たり前の存在だった。基地で恩恵を受けて生活している人間も沢山いる。土地代から基地従業員…
勿論、これ以上の基地は要らない、正直犠牲を強いられているという被害者意識もない。
上手く共存して活ける所が沖縄の良さだと思っている。
俺は高校を卒業して自衛隊に入隊した。父親は公務員で組合の幹部をしていたので、当時は大変だった様だ。入隊してから教育を受けるのだが、一番ショックだったのが、「国歌」が歌えないのである。
分からない、それまで聞いたのは具志堅用高が世界戦の前にモゴモゴ口を動かしている時に流れるメロディーのイメージしかない。
その時に「あれ?俺って何人?」
自衛隊反対!と言われた事もあったが、不発弾が見つかった時は真っ先に出動するのは、自衛隊員である。それが「仕事」だからでは済まされないと思う
沖縄の教育に疑問を持ったのもその頃からだった。

いつまでも被害者意識を背合わせる事が、教育ではない。勿論、沢山の犠牲者があったのは事実。俺の祖父母、両親は沖縄戦の経験者。話も何度も聞た。戦争は恐ろしい事だし、2度と起こしてはならない


だからと言って、今の基地建設反対運動は問題がありすぎる。戦争と変わりはない。
県民ならともかく、よそから来てひっかきまわすのは止めてくれ。そんな事でお金稼いでも、飯はうまくないだろう。
右だの左だのどうでもいいのだ。

状況に声を荒げる前に、自身の心に絶えず湧き上がる感情を見つめる事が大切だと感じる。
自身の心でさえ絶えず、葛藤し戦っている。これも戦争だ。自身の争いに気付けずに、周りの争いを止める事は出来ないと思う。

それだけは解決は出来ない、綺麗事を言っているかもしれない、しかし、これが出来ないと気付けないと、この基地運動のシナリオに巻き込まれるだけではないだろうか。

今回は偉そうに聞こえるかもしれないが、自身にも言い聞かせるつもりで、書いてみた。
あくまでも、自身と世界中の平和を願って。